先生のためのアイディア帳

効果的な指導法やエトセトラについて

EdTech導入・運営のためのチェックリスト

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Photo by Daria Nepriakhina on Unsplash

 

EdTechデバイスやアプリやサービスの導入・運営を新たに始めるときは、本来であれば、綿密な準備期間が必要となります。

 

こちらの記事中では、たとえば、大学のオンライン授業であれば、準備に通常は6~9か月ほどかかると言っています。

er.educause.edu

Typical planning, preparation, and development time for a fully online university course is six to nine months before the course is delivered. 

 

この6~9か月という数字が、基本的なインフラの整備から始めなければならない状況を想定したものなのかは不明ですが、仮に基本的なインフラの整備から始めなければならない状況を想定したとき、その6~9か月間で何が行われるべきなのでしょうか? 

 

上記の記事の中でも、「9つの分野でやることがあるよ」というふうに触れられているのですが(下線部)、これは授業そのものの計画に関わる項目で、基本的なインフラ整備に関わる項目は含まれていない、と読めると思います。

One of the most comprehensive summaries of research on online learning comes from the book Learning Online: What Research Tells Us about Whether, When and How.8 The authors identify nine dimensions, each of which has numerous options, highlighting the complexity of the design and decision-making process. The nine dimensions are modality, pacing, student-instructor ratio, pedagogy, instructor role online, student role online, online communication synchrony, role of online assessments, and source of feedback (see "Online learning design options"). 

(underline added)

 

では、「基本的なインフラの整備から始めなければならない状況を想定したときの、Edtech導入・運営のためのチェックリスト」があるとしたら、それはどのようなものか? …と考えたとき、数年前にEdTechの授業でまさにドンピシャなリストをもらったことを思い出しました。

 

教授からはあくまで「チェックリストの『未完成バージョン』」としてシェアされたことを先に断っておきます。また、授業の中でも、こういったチェックリストは各学校の現状に合わせて変更されることになると強調されていました。

 

という前置きをしたうえで。以下がその「基本的なインフラの整備から始めなければならない状況を想定したときの、Edtech導入・運営のためのチェックリストの『未完成バージョン』」(長い)です。ざっくりと、「前段階」「初期段階」「中期~後期段階」という3つの段階に分けられています。(なぜ教授がこういう分類にしたのかは謎。)

 

項目の内容に重複があるように見えるところがあると思いますが、各先生方に柔軟に解釈していただいてかまわないと思います。というか、まず私自身がこのリストを英語から日本語に訳す時点で私の解釈を加えてしまっているはずなので、そちらもあわせてご承知おきください。

 

=====================================
前段階
• そのEdTechを導入・運営するの理由を明確化する
  -そのEdTechを導入・運営する目的を明確化する
  -そのEdTechの導入・運営へのニーズを調査する
  -そのEdTechの導入・運営が誰のためなのかを明確化する
• 学校、地方自治体、国といった各レベルで義務とされていること、また、制限されていることを確認する
• 現場の現状を分析をする
  -教員のスキルやEdTechに関する見方を調査する
  -すでに利用されているEdTechは何かを確認する
  -すでに実施されているEdTech利用とこれからやろうとしていることの関係性を分析する
• 利用可能な資源を探す(物的資源、人的資源、金銭的資源)
  -先行実践例を見る
  -研究論文を読む
SWOT分析を行う(強みStrengths、弱みWeaknesses、チャンスOpportunities、脅威Threats)
• そのEdTechを導入・運営した場合の関係者(関わる人・影響が及ぶ人)を挙げる

 

初期段階
• 関係者の代表から委員会をつくる
• そのEdTechの導入・運営におけるビジョンとミッションを決める
• 委員会のリードの下、そのEdTechの導入・運営のための計画を立てる
• 配慮すべき事項をまとめる(方針や方向性がぶれないように)
• 関係者がどのようにコミュニケーションを取り合うかを決める(ツール、タイミング、誰にどんな情報を何のために伝えるか)
• 技術的なサポートをどのように得るか、また、与えるか計画を立てる
• そのEdTechの導入・運営が、プロセスの段階から、関係者にとってインクルーシブなものになるよう計画を立てる

 

中期~後期段階
• 短中長期的な目標を適宜設定、調整する
• タイムラインを適宜設定、調整する
• そのEdTech導入・運営の成功・不成功の測り方を決め、また、測るツールを用意する
• 試運転をする
• 教職員の研修を計画・運営する
• ここまでの段階から得られたフィードバックを改善に活かす(くり返す)

 

※ オリジナルはDr. Peter Arthurによるものです。

peterarthur.ca=====================================

 

現在、日本の多くの先生方が「GW明け」を期日に、遠隔授業の準備を進めていらっしゃることと思います。今日から数えると、準備期間は残り1週間です。したがって、「基本的なインフラ整備から始めるという選択肢はそもそも無視して、手持ちのコマで戦う」というのが与えられた唯一の道なのだと思います。

 

そんな中、なぜ私が上記のチェックリストをシェアしたのか。それは、なんとなくしておいた方がいいような気がしたからです。

 

今までの教員生活、何においても、見切り発車をして結果オーライだった経験がないので、大事なことの多くを「走りながら」決めていくことに対して、私がビビっているのでしょうね(小者)。EdTech そのものは大好きなので、先日の文科省からの「Youたち、とにかくできることやっちゃって!」というお達しにはテンション爆上がりなのですが、今の「目隠しでとりあえず全力疾走」という状態を続けた場合にどこに行きつくかについては、あまり希望を持てずにいます。年のせいかな。このリストが私にとってのレファレンス・ポイントとなって、大きく道を踏み外すことを防いでくれるのではないかと願ったりしているのかもしれません。

 

さ、それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

 

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オンライン授業を昨年まで受けていた私が最高だったオンライン授業を紹介してみる。

こんにちは。

  

さて、5/7(木)からの学校再開が実際に可能なのか見当もつかない中、「オンライン授業」についての議論が活発になってきています。遅ればせながら、私にももしかしたらシェアできることがあるかもしれないと、このエントリーを書いています。シェアする内容というのは、タイトルの通り、「オンライン授業を昨年まで受けていた私が最高だったと思うオンライン授業」です。

 

このエントリーの内容は、ICT環境が整っていない学校の先生にこそ応用して使っていただきたいです。(私の勤務校のように)ICT環境が整っていない学校では、今後数か月間は、分散登校や郵送という手段をとりながら、児童生徒の学びを継続させていくしか方法がないと思います。「ほぼオフライン」でも、対面やオンラインでのような丁寧な指導の実現する方法はないか。そう考えたとき、ここでご紹介する授業運営の仕方が使えるのではないかと思いつき、このエントリーを書くに到っています。ここから先にご紹介する「オンライン授業」で使われているノウハウは「ほぼオフラインの遠隔授業」にも十分応用できるものだと思います。

 

 

大事なことを先に言っておきます。「授業動画もライブ配信もたぶんマストじゃないですよ!」「この最高だったオンライン授業、基本Wordしか使ってませんでしたよ!」これです。このエントリーが、先生方とオンライン授業(それが不可能な場合にはほぼオフラインの遠隔授業)との間に立ち並んでいるハードルをいくつか取り除く一助になれば幸いです。

 

さて。では。

昨年まで通っていたUBCの大学院では私は対面授業とオンライン授業をちょうど半々で履修していました。どれもとてもよかったのですが、オンライン授業の中で特によかったのが、「Global Education, Citizenship, and Cross-Cultural Conceptions of Teaching and Learning(グローバルな教育、市民権、そして教育と学習に関する多文化的な考え方)」という授業でした。

 

はっきり言って、この授業の内容それ自体はこのブログのエントリーのテーマとは関係がありません。重要なのは、このオンライン授業の運営方法です。授業の内容までわかった方がイメージしやすいという方もいらっしゃるかもしれないので、一応内容もご紹介しますが、多くの方にはそこは無視していただいていいだろうと思っています。

 

そんなわけで、その授業の運営方法は以下の通りでした。

 

授業頻度:週1回

※ 厳密には「週に1回課題の締切があり、それをクリアしたら次の締切分の課題に進む」という形。ある1週間はある1つのテーマに取り組むことになるので、なんとなく「週1回授業を受けている」感じになります。大学院の典型的な授業の進み方かと思います。「週に1回授業があって、そこでの内容をふまえて出された課題に(翌週の)次の授業まで取り組む」という。

プラットフォームCanvas

※ 日本でCanvasを使っている学校があるというのは聞いたことがありません。Google ClassroomでもEdomodoでもClassiでも、先生方が利用できる(できそうな)プラットフォームで当てはめてお考えいただえれば大丈夫です。

教授が授業準備に使っていたツール:Word、上記のプラットフォーム

生徒に必要だったもの:ネット接続、デバイスタブレットでもノート型パソコンでも)、プラットフォームに接続するための学校からもらうアカウント

内容:Global citizenship(グローバル化した世界における市民権)にまつわる様々なテーマを、1週間ごとに1つ学ぶ。(グローバル化した世界における教育、市民権についての多様な見解と倫理、帝国主義と人種差別、多文化社会とコミュニケーション、資本主義と新自由主義と消費社会、メディアと若者のアイデンティティ、地域活動とNGO、などなどがテーマでした。)

※ こちらは、先生方の担当教科・学年に合わせて自由に単元を当てはめてお考えください。

進め方

1.1週間ごとに1つのWord文書が与えられる。そこに教授が学習活動の指示をまとめてくれているので、学生は時間のある時にそのとおりに進める。

※ 指示は、「この動画を見なさい」とか「この記事を読みなさい」とか「このウェブサイトのこのデータを分析しなさい」とかいったことから始まり、「この中の○○という考え方は△△だと思いますか?なぜそう思いますか?もしくは、なぜそうは思いませんか?」のような質問や、「以上の活動を通してあなたが考えたことを約□□□字でまとめなさい」という課題の提示につながる。

簡単に言うと、ゲームブックをやる(読む)感じと似ています。

2.各Word文書の最後には、上記のような、自分の考えをまとめるための作文の課題があり、その作文を期日までにCanvas上のブログにアップする。

3.他の学生も同じようにするので、彼らの作文の中で自分が気になったもの2つ以上に期日までにコメントをする。

4.↑ここまでで、1モジュール終了。あとは、教授やクラスメートがくれたコメントを読んだり、もし自分がそうしたければ、それらのコメントに返事を書いたりする。

 

通常の授業はここまでです。

あとは、学期末のプロジェクトですが、それは以下のように行われました。

 

1.学期末にはグループでのプロジェクトがあり、Global citizenshipにまつわるテーマを自分たちで選び、授業プランを1つのWord文書にまとめる。(教授が私たちのために用意してくれた通常授業での指示のフォーマットを参考にする。)

2.グループ・プロジェクトの際には、学生間のコミュニケーションはCanvasを使っても使わなくてもよい。(私たちは終始Google Docsを利用しました。)教授に質問があるときには、Eメールを送る。

3.プロジェクトが完成したらCanvasにブログの1エントリーとしてアップする。Google Docsのリンク先をブログにそのまま貼り付けてもよい。他の学生はプロジェクトを通じて計画された学習活動を児童・生徒の気持ちになって実際にやってみて、その感想などをコメントとして書く。

 

イメージしていただけたでしょうか…(自信ないぜ…

 

シラバスと実際のWord文書をドンとここでご紹介できたらこの伝わらなさは一発で解消されるのですが、著作権を考慮して、それは控えておきたいと思います。代わりになるかわからないのですが、中1英語で仮にこの形式でやるとこんなふうになるよ!という例を作ってみましたので、お目汚しまでに…ご覧…くだ…さい…(気づいています…この例のせいで余計いろいろわけがわからなくなることは…そして…まずこの例が小さすぎて見えないということも…

 

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もしプラットフォームとしてGoogle Classroomを使うのであれば、Google Formsとセットにしておいて、そこで生徒に質問に答えてもらうといったことができますね。

 

冒頭でも書いているように、今後「ほぼオフラインの遠隔授業」を行わなければならなくなる先生方は、1週間分の授業内容を1つのWord文書にまとめて、配布するなり学校のウェブサイトにアップするなりできるのではないかと思います。(生徒の理解度・習熟度を測るための活動に関しては、私もまだ調査中&考え中です。)

 

とにかく(切り替え!)、このUBCで受けていたオンライン授業が本当によかったのです。私のクラスメートも絶賛していました。よかった理由を思いつく限りで挙げてみると、以下のようになります。

  • インプットの量が十分にあった。(動画や記事や論文やウェブサイト)
  • インプットの後に具体的な質問項目があったため、インプットについて考えを深めやすかった。(「~について考えなさい」といった抽象的な指示は一切ありませんでした。)
  • インプットについて考えた後にはアウトプット(書く作業)を行わせる課題が続いていたので、与えられたトピックについての自分の考え方や立場を整理し、客観視することができた。
  • 他の学生の作文を読んでコメントを書くという課題があるので、学生の数だけある多様な考え方や立場について知ることができ、また、それに自分の考え方や立場が影響される様子を言葉にして整理することができた。
  • 教授のレスポンスが迅速かつ丁寧だった。質問に対してもブログに対しても、とにかく数時間で必ず返信やフィードバックがあり、しかも適切で良質だった。

 

この授業を受けた時点で、私はすでに3つほどオンラインの授業を終えていました。中には、パワーポイントで作成された動画を使っている授業や、ご自身が話している様子を撮影して使っている授業や、ライブ・ビデオチャットを使った授業もありました。どれもよかったのですが、「自分の頭を使ってとことん考えて、その経験が自分の中に今も生きている」と一番思えるのは、やはりこのGlobal citizenshipの授業でした。

 

内容自体が面白かったというのもあると思うのですが、その面白い内容を選別してきてくれたのはそもそもその教授ですし、その材料の良さが最大限に引き出されるように授業を計画・運営してくれたのもその教授ですので、やはり、彼女の指導力が素晴らしかったのだと私は思っています。

 

この授業を受けてみて、「学習者の学びの充実度は、指導者がいろいろなアプリやデバイスを駆使して授業を行っているかどうかとは必ずしも関係がない」ということを私は感じました。

 

と書いているうちに、UBCにいたときのことを少しずつ思い出して、これに関連して書けることが他にもありそうな気がしてきています。そんなわけで、次回も「教育×テクノロジー」関連のことを何か書くかもしれません。

 

それでは、こんな時ではありますが、こんな時だからこそ、Happy teaching, my friends!!

 

===駄話===

2020年4月19日、日曜日、素晴らしい快晴の一日でしたね。昨年の今頃はまだ寒いカナダにいたので、帰国後に日本の春をエンジョイするのを楽しみにしていたのですが、どうしてどうして、この世は儘ならないものです。

 

とは言え、今年度から担任&担当する中学1年生と共通の話題を持つために、Amazon primeで『鬼滅の刃』を見たりして、なんとか有意義に過ごそうと努めています。

 

ちなみに、平日は在宅勤務です。学校からVMware HorizonがインストールされたChromebookを貸与されており、これを使って自宅から学校のサーバーに接続することができます。4/10(金)から在宅勤務がスタートだったのですが、Chromebookの操作に慣れたり学校のサーバーのどこに何があるかを確認したりする時間をしっかり取ることができ、ありがたかったです。Horizonの動作が遅くてウィンドウの切り替えだけで毎回5秒くらいかかって(本当です)仕事の効率が半減(誇張です)していることを除けば、通常の仕事もまあまあ快適にできています。

 

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「宿題が出せない生徒」とスケジュール管理

こんにちは。

 

今日は唐突に始めたいと思います。

 

同じ時間に同じ教室にいても、生徒が見ているものと教員が見ているものとはだいぶ違います。同じ時間に同じ教室にいたとは到底思えないほど、かけ離れることもありえます。

 

生徒と教員の間にあるこの「見えているものの違い」は、おそらく、「これから行うことをどれだけ正確に把握できているかの違い」と言い換えられると思います。

 

教員は、①その日に授業で扱う事項が何なのか、②その事項をどんなふうに扱うのか、③それを通じて何ができるようになればいいのか、そして、④なぜそのタイミングでそれができるようになることが必要なのか、というすべてをわかっています。

 

(バックワード・デザインで行くと、③&④→①→②の順で決まっていくと思います。)

  

たとえば、中3英語でいうと、教員は授業の前には、

①「今日は分詞の導入を行おう」、②「分詞が形容詞として働くことがわかるように、形容詞の位置に分詞を入れて英文が成立することを経験させよう」、③「今日のところは、『分詞=形容詞』という部分がわかればOK。不規則動詞の過去分詞形ができていなくても、今日は気にしない。もちろん、後置修飾は後回し」、④「この時点まで生徒たちは『V-ingは進行形』で『V-edは受動態』で、どちらも『動詞の一部』だと思ってやってきた。ここで『V-ingとV-edが形容詞的に働く』ということがわかることで、より説明的な表現をしたり理解したりできるようになる」

といったことすべてを把握しています。自分が授業をする側なので。

 

一方で、生徒たちは、教員がかなり丁寧に伝えない限りは、上記のようなあれこれはわかりません。

 

上記のようなあれこれをまるで把握できていないとき、英語では

“I don’t know what I’m doing.”(「自分が何をしているのか自分でもわからない。」)

と言ったりします。

 

私が経験した範囲では、生徒たちが “I don’t know what I’m doing.” 状態になっているとき、彼らの学びの質は低くなりがちです。

 

この傾向は、特に、いわゆる「できる生徒」では「ない」生徒たちの間で顕著になります。「できる生徒」たちは、何をどんなふうにどのタイミングで教えようが、ついてきてくれます。が、そうで「ない」生徒たちは、「何をどんなふうにどのタイミングで」に(彼らにとっての)脈絡がないと、十中八九、路頭に迷っていきます。

 

ただ、「路頭に迷って」いるかどうかは、パッと見ではわからないことがあります。「目の前に示されたものをとりあえずこなしていく」ことならできる、という生徒は多少なりともいて、彼らは一見すると「路頭に迷って」いるようには見えません。

 

ですが、実際には、彼らも「路頭に迷って」います。なぜなら、彼らには常に「目の前しか見えていない」からです。たとえて言うなら、地図を持っているのが教員だけなので、教員がいなくなったらその瞬間に「自分がどこにいるのか」「自分の目的地がどこにあるのか」「自分はどうやってその目的地へ行けばいいのか」というすべてがわからなくなってしまう、ということです。

 

「できる生徒」というのは、多かれ少なかれ、自分でもある程度「地図」を描くことができています。なので、教員がいなくなってもその地図を頼りに学習を進めていくことができます。

 

さて、ここからが本題です。(遅

 

「いわゆる『できる生徒』では『ない』生徒」と「宿題」。これがテーマです。

 

「いわゆる『できる生徒』では『ない』生徒」が「宿題を出せない生徒」であることは珍しくありません。

 

ここからは、彼らがなぜ「宿題を出せない」のか、また、教員はどうやって彼らをサポートできるのかを、ここまで述べた「これから行うことの把握」というポイントから考えてみたいと思います。

 

「宿題を出せない生徒」のことを、教員はよく「家庭学習の習慣がついていない生徒」と呼んだりすると思います。ただ、一口に「家庭学習の習慣がついていない生徒」と呼んでも、彼らが家庭学習をしないことの裏にはそれぞれけっこう異なった理由があるものです。

 

それらの理由をまとめると

  1. 授業がわからないので、宿題の内容もわからない
  2. 宿題の内容が授業の内容と関係ないのでわからない、もしくは、大変そうに見えてやりたくない
  3. 授業がわかっていて、宿題の内容も適切だが、宿題の量が多すぎて手が回らない
  4. スケジュール管理ができない

 

他にも、家庭の事情や体調不良で家庭学習ができない生徒はもちろんいますし、また、中1や高1で新しい環境にまだ慣れていない段階では、登下校や部活動で気力も体力も使い果たしていて、家庭学習が思うようにできない生徒がよくいます。あとは、「マジで学校の勉強も成績もどうでもいい」というアナーキストもいます。

 

上記のいろいろある理由の中でも「教員の努力と配慮で改善できる」ものとして1~4を挙げてみました。

 

この1~4の中で、このエントリーでは4だけに焦点を当てたいと思います。

 

というのも、4だけが特徴的だからです。4だけが、生徒の「学習能力にも学習意欲にも関係がない」んですよね。

 

つまり、4の理由で宿題が出せない生徒というのは、教員がちょっと配慮するだけで、途端に家庭学習ができるようになり宿題が出せるようになります。

 

「教員がちょっと配慮する」というのは、要は、「教員がスケジュール管理をやってあげる」ということです。

 

「スケジュール管理くらい自分でできるようになっていないと卒業後に困る」という見方もあると思うのですが、スケジュール管理というのは「そこそこの全体像が見えている」人にこそ可能な芸当であって、目の前しか見えていない人にはできません。

 

また、「明日提出になる宿題の指示を今日出しているだけなのだから、スケジュールも何もあるか。やって出せばいいだけだ」という見方もあると思います。教員の立場からするそう言いたくなりそうなところですが、生徒の立場からするとこれは難易度が高いのです。なぜなら、彼らは10教科、科目数にするとそれ以上の授業を受けていて、毎日それぞれの授業で何かしらの宿題が出たり出なかったりするからです。今日突然言われたことを彼らが頭の中に留めておくことができなくても、あまり責められないような気がします。

 

大人だって、スケジュール管理には苦戦するものではないでしょうか。たとえば、自分の部署のリーダーがこれから始まるプロジェクトのスケジュールを整えてあらかじめ配ってくれると、それがない場合よりは、落ち着いて自分のペースで仕事に取り組めるということがありませんか?「田中さん、明日の10時までにコレよろしく!」みたいな指示が毎日来るのとは、だいぶ違うと思いませんか?

 

そんなわけで、私はこんな雰囲気の宿題スケジュール表を作って、1人に2枚ずつ配っています。1枚は持ち歩き用、1枚は家の掲示用です。実際には、1度で3週間分ほどのスケジュールを知らせています。

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ご覧の通り、やることが5種類あります。1つひとつの量が多くなかったとしても、何をやるのかを生徒が正しく記憶しておくのが難しいかもしれません。これを配っておくと、生徒たちはいつ何をやるかを「記憶」しておく必要がなくなります。

 

さらに、うまくすると、「授業の進度と宿題の出方の関連性」に気づくことができます。前半の例で言うと、この宿題スケジュール表が生徒にとって、不完全ながら、「地図」になるということです。

 

たかがスケジュール管理、されどスケジュール管理。スケジュール管理ができるようになるだけで、頭のてっぺんまで “I don’t know what I’m doing.” 状態に浸かっていた生徒も、水面に顔を出して呼吸をすることができるようになります。(陸に上がって走りだせるようになるのはまだ先ですが。)

 

この宿題スケジュール表の効果は、宿題を出せない生徒の10人に1人くらいには即表れます。残りの9人には即効性はあるときもあればないときもあるのですが、デメリットはないはずなので、1人に確かな効果があるのであれば、やってみる価値は十分にあると思います。

 

また、宿題スケジュール表を作成することのメリットは教員の側にもあります。一言で言うと、「より高い学習効果があるように宿題を出せるようになる」ということです。「生徒ができそうな内容と量の宿題を授業に一番活きてくるタイミングで出す」ことができるようになるというわけです。

 

生徒たちが複数の種類の授業を受けているように、先生たちも複数の種類の授業を担当していることが多く、また、その他の業務や校務などで毎日の授業がどうしても自転車操業になってしまうことがあると思います。そうすると、宿題の指示を出し忘れてしまったり、学校行事を考慮し忘れて、宿題をおかしなタイミングでやらせなければいけなくなったり、といったことが起きてしてしまいます。

 

そうなると、今度は上記に述べた

2. 宿題の内容が授業の内容と関係ないのでわからない、もしくは、大変そうに見えてやりたくない

3. 授業がわかっていて、宿題の内容も適切だが、宿題の量が多すぎて手が回らない

という理由で、生徒は宿題を出せなくなってしまいます。

 

こういう事態を避けるための一番の対策が宿題スケジュール表の作成だろうと私は思っています。

 

先にも述べたとおり、スケジュール管理というのは「学習能力にも学習意欲にも関係がない」ため、教員からすると「それくらいは自分でやってね」と生徒に言いたくなる領域のことかもしれません。ですが、「宿題を出せない生徒」の一部は、その領域のことでもサポートを必要としています。

 

これを読んでくださっている先生方には釈迦に説法なのだろうと思いながら、今日はこの辺りで。それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

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生徒が授業中に寝なくなるアプリ

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Photo by Jordan Whitt on Unsplash

こんにちは。

 

突然ですが、先生方が授業をしている最中に寝てしまう生徒はいますか?

 

教える側がいい授業をする準備ができていても、教わる・学ぶ側が寝ていたらジ・エンドです。もちろん無理やり起こすことはできますが、起こされた生徒は「まだ眠い」「機嫌が悪い(幼児か)」「具合が悪い(無理に起こされると頭痛が残るとか)」などの理由で、起きはしても、授業を受けるのに万全な体制にはならないと思います。

 

自分に置き換えて考えてみて言えるのは、眠いときは眠い、ということです。5分くらいうたた寝をしてスッキリすることもあれば、15分くらい必要なことも、1時間くらい必要なこともあります。生徒も多かれ少なかれ似た感じなのではないでしょうか。でも、学校だと適切な仮眠をとらせることは、まあ(お茶を濁す)、できません。

 

生徒たちは、いろいろな理由で眠いです(日本語)。私が思いつく理由は以下のとおりです。

  • 成長期
  • 前の日の夜によく寝ていない
  • 通学に時間がかかって学校に着いた時には疲れ切っている
  • 朝練があった
  • お昼ごはんの後
  • 前の時間に体育があった
  • 暖房がかかると眠くなる

 

私の授業でいうと、生徒たちは授業をきちんと受けたいという気持ちをもっています。授業そのものに対するやる気と、私に対して失礼がないようにしようという人の良さ(笑)とが混ざり合ってのことだと思うのですが。なので、「寝ている生徒は授業がどうでもいいと思っているから寝ているわけではない」ということは私は確認できています。

 

そこで今日ご紹介するアプリです。「睡眠アプリ」とか「目覚ましアプリ」とか呼ばれているジャンルに属するものです。

アフィリエイトではないので、以下、どうぞ気持ちよくクリックして、よろしければ先生方も試してみて下さい。無料です。) 

  

Sleep Meister - 睡眠サイクルアラームLite

Sleep Meister - 睡眠サイクルアラームLite

  • Naoya Araki
  • ヘルスケア/フィットネス
  • 無料

 

Sleep Cycle: スマートアラーム目覚まし時計

Sleep Cycle: スマートアラーム目覚まし時計

  • Sleep Cycle AB
  • ヘルスケア/フィットネス
  • 無料

 

スマートフォンの液晶画面を下にして敷布団やベッドに置いて就寝すると、眠っている人の動きから眠りが深いときと浅いときをスマートフォンが感知し、眠りが浅いとき(ちょっとの刺激で目が覚めるとき)に目覚ましを鳴らしてくれるというものです。たとえば、「6:00」に目覚ましをセットすると、「5:30~6:00の間の眠りが一番浅いとき」に目覚まし音が鳴ります。(この時間の幅は、たしか、20分とか10分とか自分で選べたと思います。)

 

他にも、眠っている間のノイズ(いびき、寝言、歯ぎしりなど)を録音したりなど、いろいろな機能が備わっているのですが、私には不要なのとバッテリーへの負担が大きいのとで、私は利用していません。

 

Sleep MiesterとSleep Cycle、私は両方使ったことがありますが、今は上のSleep MiesterのLite版を使っています。Liteの方がなんとなくバッテリーへの負担が少ないような気がするからというだけの理由です。

 

これを使って睡眠の質が上がるかは私はわからないのですが(もともとよく眠れるので)、起床後の頭と身体の目覚め方が最高なのはわかります。最高です。まじで。

 

何がすごいって、このアプリを使って起きると、日中まず眠くならないということです。何時間寝ても日中眠くなったり、そこまではいかなくても頭と身体がだるかったり、という人はけっこう多いと思うのですが、このアプリを使って起きると、睡眠時間自体が5時間以下だとしても、日中は頭も身体もかなりスッキリしています。(少なくとも私は)

 

これは日本中の学校が入学時のガイダンスで児童生徒および保護者に紹介すべきアプリです(half-joking but half-serious!!)。毎朝、起きる起きないでバトって、そのせいで朝から最悪な気分になって、ついでに朝食も食べずに学校に来ている生徒というのは確実にいます。

 

というか、この手のアプリは全人類が使うべきだと私は信じて疑いません。というか、これなしでどうやって生活するの?「自然に目が覚めるまで寝ていていい人」でない限り、必須です。

 

私は眠ってしまう人がいるクラスでは必ずSleep Miesterを紹介しています。(睡眠アプリならどれでもいいと思うのですが、自分が使っていると勧めやすいので。)すぐに使い始めて、次の日からいきなりほとんど寝なくなった生徒もいますし、この1月に入って使い始めて、朝が起きられるようになったので2月から受験に行くのに不安が減ったと感謝してくれた高3生もいます。(その子のお母様も驚き喜んでいらっしゃるとのこと。)

 

このジャンルのアプリを使うメリットは寝てしまう生徒以外にも感じてもらえると思いますので、何か機会がありましたら広くいろいろな生徒に強く勧めてあげてください。

 

それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

 

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spaced learning:「学習内容の定着には繰り返しが不可欠です」という当たり前の話

こんにちは。

 

1月に入り、高3の授業がなくなったため、空きコマが6つ増え、その準備や小テストの採点などにかけていた時間も空き、毎日17時前に帰れるようになるという奇跡が私のもとを訪れています。

 

3か月後には新しい学校で今を振り返って泣いていることと思いますが、3か月後の私、ドンマイ。

 

そんなわけで、今は高1と高2、それから、中2を教えています。

 

特に、高1と高2の授業の組み立てに関して日々ひしひし感じているのが、タイトルの件です。

 

今の学校は、高1と高2が忙しいです、授業が。「高2の終わりまでに文法はすべて網羅して…」とか「長文2つでは定期試験の範囲としては狭すぎるから最低でも3つ…」とかいった感じで、高3で受験に備えた演習っぽい作業ができるように、高1と高2の2年間でいわゆる受験英語の必須項目の上を駆け抜けていく。もちろん、そんな中で「あれ、てゆーか基礎(中学英語)がガタガタじゃん…」みたいなことがしょっちゅうあったりしながら。

 

で、高3になって演習問題などをやるときに、この高1と高2でやったことを振り返ったり振り返らなかったり、思い出したり思い出さなかったりするのだろうと思います。

 

学習効率的にどうなのでしょうか。

 

最高ではないです。(最悪でもないですが。)

 

中学英語のように、焦点が絞られた文法項目を限られた語彙で学ぶのなら、上記のような「網羅したい範囲駆け抜けスタイル」の教え方でも学習効率はそこそこ大丈夫なのかもしれません。でも、高校英語のように、1時間の中で複数の文法項目や学習活動(文法項目は1つでも、その文法練習とは別に長文演習もあるとか)が扱われ、しかもその新出の文法項目を練習するための例文や長文にけっこう難易度の高い単語や熟語がほぼ必ず混ざっているとなると、駆け抜けスタイルの教え方では、ほとんどの生徒が1度教えられただけの事柄はおぼえていられません。

 

特に、私が今教えているような平均点20点(100点満点)くらいの集団だと、9割の生徒は、まあ、本当に、忘れます。(仕方ないと言えば仕方ないのですが。生徒たちは英語以外にも授業を受けていますし、部活動があったり、友達付き合いがあったり、気持ちの浮き沈みが会ったりと、忙しくしていますので。)

 

宿題を通じて授業でやったことを振り返って定着を図ってほしいのはやまやまですが、それは自力でまともに宿題に取り組む学力と習慣がある生徒にしかできない神業です。

 

私のクラスのタイプの生徒たちにとっては、

「駆け抜けスタイル」の授業=「常に新しいことをやっている」授業

です。

 

ファミコンで言うと(世代)、いつも新しいゲームをやっている感じです。1つのゲームを毎回最初からやり直しているのですらなく、いつも新しいゲームをやっている感じ。今日はスーパーマリオ、明日はアイスクライマー、明日はBugってハニー、明日はうる星やつら(世代)、というふうに次から次へと新しいゲームをやって、全部が初期のステージで終わりになっている感じです。

 

ということで、そのタイプの生徒たちを担当する教員として私がすべきことは「授業の中で授業でやったことを振り返る」という、この一択になります。

 

そうすることで、生徒たちが「お、オレ今日もヨッシーのクッキー(しつこい)続けてやるわけね」となり、さらには「オレ最近ちょくちょくヨッシーのクッキーやってて上手くなってきたしたぶんもう一生上手いわ」とまでなってくれることがねらいです。

 

「授業の中で授業でやったことを振り返る」必要性の根拠となるのは、このあたりでしょうか。(「エビングハウス忘却曲線」)

 

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出典:

https://www.psychestudy.com/cognitive/memory/ebbinghaus-forgetting-curve

 

この「忘却」を防げば、とりあえず「記憶」は定着します。もちろん、「記憶の定着≠学習」ではありますが、「記憶の定着」なしには「学習」が発生しないことがふつうです。多様なデータベースからほしい情報が一瞬で得られる時代であっても、ある程度その人の中に蓄積されているものがないと、その情報は活かされません。

 

この「忘却」を防ぐ方法として効果的だと言われているのがspaced learning(間隔をあけた学習)です。これは「忘れ出した頃にまた学習する」という学習方法です。このspaced learningを繰り返すうちに、「忘れにくく」なり、やがて「忘れなく」なります。

  

spaced learningは「人は忘れる」という当たり前のことを当たり前に認めたうえで「ではどのように記憶し、学習するか」を考えているところが素晴らしいと思います。教えている側の人間はともすると「なぜそんなこともおぼえていないんだ」とか言いがちですが、振り返ったり思い出したりする機会を適切に与えもせずに「なぜそんなこともおぼえていないんだ」とか言ってしまうのは…うーん…と私は思います。

 

(この動画は、生徒に直接見せてもいいかもしれません。日本語の字幕はありませんが、0:37~1:32を見るだけでも要点が伝わると思います。「忘れた頃にまた学習する意味」、すなわち、「復習をすることの意味(の1つ)」をわかってもらえるのではないでしょうか。)

 

授業では、私はこのspaced learningをできるだけ多くやるようにしています。時間的にいうと、50分授業のうち10~15分は前の授業でやった学習内容を振り返るための活動をしています。その後も、小テストや定期テスト前のまとめの時間を使って、とにかくspaced learningの機会を作ります。(ちなみに、「エビングハウス忘却曲線」とspaced learningについては雑談として折に触れて話しています。)

 

spaced learningの際には、ただ同じことを繰り返すのではなく、1度目にやったときにつまずいていた箇所をもっとわかりやすく簡潔に説明して、あとは何回もしゃべったり書いたりして練習させます。それをやっている生徒の様子を見ながら、次にどんなサポートが必要か見当をつけ、次のspaced learningにつなげます。

 

これをやっているうちに、クラスの半分程度が小テストで満点をとれるようになり、なんとなく自信をつけ、なんとなく宿題もそこそこやるようになり、なんとなく授業にも身が入ってきて、なんとなく以前より何かがいい感じになってきています。1歩進んで2歩下がる日も多いですが。

 

上に「とにかくspaced learningの機会を作ります」と書きましたが、これは「簡潔な授業を行う」ことを意味します。「簡潔な授業を行う」のは慣れるまでは大変なのですが、でも、多くの先生が日常的にやっていらっしゃるように、頑張ればこの私にだってできます。すべては、余らせた時間をspaced learningに回すため。

 

そんなわけで、今日はspaced learningのご紹介でした。それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

 

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ゴールはどこだ:最大多数の最大幸福を願って学習目標を設定すると授業がつまらなくなる可能性について

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Photo by Anisur Rahman on Unsplash

2020年ですね。今朝はロカルノ先生の投稿を読んで「今の高1、高3で成人なの、マジで…」と思ったり、日曜討論を見て「国民投票のときCM流すの、マジで…」と思ったり、2019年から話題になっている出来事すら全然追えていない自分を再確認した次第です。

 (訂正:2019年度の中3が高3で成人します。)

 

 

日曜討論のウェブサイトとツイッターアカウント、もっとなんとかすればいいのに。潜在的なユーザーはけっこういそう。)

 

先日も、中東で起きている問題について知ろうと思ってオンラインの記事を読み、「全体が100だとしたら0.01くらいわかったかも!」とエンジンがかかるのを感じていたら、なんとそれが2014年の記事だと読み終わってから気づき、「5年前に来やがれ」と自分にツッコんだばかり。

  

これにめげず、アンテナをたたんでしまわないようにしようとは思っています。

 

2019年の7月からまた日本の中高で教壇に立てることとなり、このブログに書いた教授法を活かしたり活かせなかったり、このブログに書いた思いを強めたり改めたりしながら、授業を行ってきました。

 

その中で感じたのは、「集団授業をするにあたっての学習目標」は「地味」なものになるのだろうということです。(あくまで英語の集団授業ですが。)なぜなら、外国語学習は結局のところ、

  1. 単語・熟語をおぼえて
  2. 文法をおぼえて
  3. それらが実際にどう使われているかをおぼえる

ことなしにははじまらないからです。

 

(なぜいきなり学習目標の話かというと、それはこちらのとおりです。)

  

昨今は上記の3つのさらに先にある「運用」に注目が集まっている、もしくは、「運用」を通じて上記の3つを身につけていくのがよいという考え方が支持されているような感じがします。が、現場の先生たちは「そうは問屋が卸しませんぜ」ということを、もうずっと前から実感してきているのではないでしょうか。

 

3つしかピースをもっていない人にLEGOをやらせても、限界があるじゃないですか、出来上がったものに。まず、手持ちのピースを増やしてあげないと。そしてできることなら、汎用性の高いピースから増やしてあげないと。

 

汎用性が高いピース。それが、いわゆる「検定教科書の内容」です。「学校でやる英語はあくまで学校英語で、大学受験以降は役に立たない」的なことをいう人は最近はもうあまりいないと思います(と私が勝手に決めています)。違うんで。フツーに。

  

なので、「教科書をしっかり教える」ことは大事だと私は思っています。「教科書 “で” 教える」レベルにステップアップできるに越したことはないのですが、それはだいたい以下の2つの理由で多くの先生にとってはちょっとした夢になっているのではないでしょうか。

  1. 授業時間数が足りない
  2. 生徒の習熟度が「教科書 “で” 教える」レベルには足りない

 

1は説明不要ですが、2は、つまり、「LEGOの手持ちのピースが少なすぎる」状態だということです。この1と2が現実としてあると、必然的に「教科書をしっかり教える」ことが優先事項となり、さらにその中でも一層汎用性の高い内容が最優先事項となります。この最優先事項というのが先に述べたこの3つです。

  1. 単語・熟語をおぼえて
  2. 文法をおぼえて
  3. それらが実際にどう使われているかをおぼえる

 

地味です。

 

Critical Thinking、大事です。多文化理解、大事です。積極的にコミュニケーションを図ろうとする姿勢、大事です。こういうピースもちゃんと検定教科書の中に入っています。でも、英語の教員としては、そういったことよりも、「単語を知らないと何もできないよね!」とか「主語の直後には動詞が来るんだよ!」とか「日本語を直訳しても英語としては意味が通じないんだよ!」いうことを優先させなければいけない局面があって、というか、そういう局面が大半だったりするんですよね。

 

私の感覚だと、学年の7割~8割くらいは、この地味な学習を必要としている気がします。

 

そんなわけで、私が個人的にいくら21世紀型学習的なものに関心を持っていても、最大多数の生徒の最大幸福を実現しようとして学習目標を設定すると、結果として、けっこうな確率で昔ながらの授業っぽい授業になるといえばなります。毎回の授業でやることは

  1. 教員が導入
  2. 生徒が活動
  3. 教員が説明
  4. 生徒が練習
  5. 教員がフィードバック
  6. 生徒がもっと練習

でしかないので。

 

この過程の中で「わかった!」と生徒が思えると、これが意外とつまらなくなくなって、乗ってきてくれるようになるので、私としてはそこに望みをかけながらやるしかありません。もっと「楽しく」できないか、一応あれこれしようとしているのですが、なかなかいい方法に出会えなくて、結局「『楽しくて何も身につかない授業』よりマシ」だと思って(言い方)自分を鼓舞しながらこのやり方を続けています。

 

あとはもう、生徒を学習内容につなぎとめておくための「雑談と見せかけて本論を語る話術」と「コミュニケーション能力」を日々磨くしかないですよね。(何の話だ。)

 

今年は定期的にブログを更新して、それを腰を据えて考える機会とできるといいなあ…

 

それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

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『未来の先生展2019』に参加してきました:「道徳読み」との出会いなど

こんにちは。

 

先々週の土日は『未来の先生展2019』に参加してきました。今の学校では土曜日が研究日なのですが(私立で授業が週6日ある)、研究日を研究のために使えるというのは本当にうれしいです。

 

前任校に勤めていた時は、「採点」「テスト作成」「授業準備」「入試広報」といった業務で研究日と休祝日がほとんど潰れていたので、そういった日に研修会が開催されていてもまず行っていませんでした。まともに寝て家事をするだけで一日が終わってしまうことも多かった気がします。

 

という愚痴はさておき、『未来の先生展2019』です。(一言小言を言ってからでないと本題が始まらないのが定番になってきました。)

 

 

プログラムによると2日間で134のワークショップや講演会が行われたということですので、これは大規模ですね。各日、10:30-17:50を4コマに分けて、25を超える教室やレクチャーホールを使って、それぞれのワークショップや講演会が行われました。

 

2日間で最大8つのワークショップや講演会に参加できて、費用は3000円。場所もお茶の水明治大学リバティータワーでアクセスがいい。発表者は現場で活躍されている方ばかりで(少なくとも私が参加したものは)、内容が実践的。自分自身の実践を振り返るための新しい視点や、自分の授業に取り入れてみたいアイディアが山のように得られます。

 

ただの参加者なのに『未来の先生展2019』の人が宣伝しているみたいになってきましたが、こういった機会を設けてくださった関係者の方には一参加者として感謝の気持ちでいっぱいなので、宣伝できるものならしておきたいと思います。来年も開催されることと思いますので、興味のある先生方はSNSで『未来の先生展』のアカウントをフォローしておかれることをお勧めします。

 

 

ちなみに、私が参加したのは以下のワークショップと講演会でした。

1日目

  1. 「道徳読み」研究会千葉支部  教科書をフル活用する新しい道徳指導~「道徳読み」
  2. 授業づくりネットワーク 「まなびほぐし」を定時制実践で考える
  3. 協同教育カフェ・相模原市立鶴間中学校 集団を育て、自分の良さを伸ばす生徒主体の学び コーペラティブラーニングの実践を通して

2日目

  1. 株式会社mpi松香フォニックス 英語4技能は「書く」がHUB~TAGAKIが目指す英語教育の新たな可能性~
  2. 未来の先生展2019開催記念鼎談
  3. 一般社団法人読み書き配慮 世田谷区立桜ケ丘中学校西郷改革の陰には特別支援教育の視点あり 合理的配慮は教育の本質を問う
  4. 一般社団法人読み書き配慮 さらに深堀り!合理的配慮~読み書き配慮が興す現場革命~

 

どのワークショップにもどの講演会にも別々のよさがありましたが、特に参加できたよかったのは2つで、1日目の「道徳読み」のワークショップと2日目の「合理的配慮」の講演会でした。「合理的配慮」に関してはオンラインにもたくさん情報があるので、今回のエントリーでは「道徳読み」のことだけ書いておこうかと思います。

 

《「合理的配慮」関連》

 

ただし、「道徳読み」に関しても本が出ていますので、そちらを読む方がよいだろうことは言うまでもありません。

 

《「道徳読み」関連》

http:// http://www.sakura-sha.jp/book/jyugyo/doutokuyomi/

 

ではあらためまして、「道徳読み」のワークショップについてです。

 

とにかく、「道徳読み」という概念に出会えたことが私には何よりの大収穫でした。たとえば、「太郎はそれまで500円だった小遣いを父に交渉して1000円にしてもらった。」という同じ文でも、「算数の読み方」、「国語の読み方」、「道徳の読み方」といったふうにいろいろな読み方ができる、と。(この文だと、社会的背景に注目すれば「社会科の読み方」もできそうですね。)

 

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ある文章を「道徳的価値」に注目しながら読んでいくのが「道徳読み」なのだそうです。

 

ワークショップでは瀧澤真先生が『あとかくしの雪』と『ブランコ乗りとピエロ』を使いながら、実際に授業をしてくださいました。やー、素晴らしかった…。授業の上手い先生の模擬授業を受けていると、授業の仕方を学びに来ているにもかかわらず思わず学習者気分で授業に入り込んでしまいます。もうふつうに道徳を学んでしまいました。

 

授業の流れは以下のとおりでした。

  1. 先生が教材文を音読する
  2. ペア:一人がもう一人に教材文となっている話の概要を伝える
  3. 個人:道徳的価値を探す(道徳的価値が書かれていると思われる箇所に傍線を引き、自分が見つけた道徳的価値を書き添える 例:「親切」「感謝」「盗み」など)
  4. ペア:見つけた道徳的価値について交流(「議論しない」ことが大事ということなので「交流」という言葉を使っているのだと思います。)
  5. 全体:見つけた道徳的価値について交流(先生がリード)
  6. 個人:自分事として振り返る(登場人物にAかCの成績をつける。※「自分事」にするために自分の立場を明確にしたいので、Bはつけない。)
  7. 全体:AかCのどちらを選んだかの理由を共有する。Aが全員立ち上がり、一人ずつ理由を話す。その間、似た意見を他の人が言っていたら自分も座る。終わったらCが全員同じことをする。)聞いた後にAからC、もしくはCからAに意見を変えてもよい。(先生がリード)
  8. 個人:作文←これはこのワークショップではやりませんでした。実際には、自分が評価した登場人物への考察を自分自身と関連させて短い作文を書くのだそうです。

 

面白かったのは、この模擬授業が、道徳の授業というよりは、文学研究の授業のような感じだったことです。「道徳的価値」に注目しようとすることで、文章から意味がジワジワ浮かび上がってくるように私には感じられました。一見無味乾燥な事実や風景の描写も意味をもってそこに存在しているように感じられてくるというか。

 

私はその昔文学研究をちょっとしていたのですが、その頃の「読み」を思い出しました。

 

そして、この「道徳読み」の授業が文学研究よりエキサイティングだったのは、上のような授業の流れの中で、本当に多様な意見に出会うことができ、そして、教材文を自分事にできたおかげでした。

 

もし教採に合格できれば私も来年から初めて公立中学校で道徳を教えることになるのですが、このワークショップに参加する前はただただ「無理でしょうよ…」と思っていたのです。私は基本的には「世の中何でもあり」だと思っているような人間なので、どう考えても道徳を子どもに教える立場にはないだろう、と。

 

ですが、このワークショップのおかげで、「教材文を拠り所にしつつ、生徒たちの道徳的価値に関わる部分の思考を刺激していく」ことが道徳の授業における教員の役割なのだと経験を通じて学ぶことができ、これなら私にもできるかもしれないと思えた次第です。他にも先生の数だけ授業の展開の仕方はあると思うのですが、私には瀧澤先生のこの展開の仕方なら、生徒に私自身の価値観を極力押し付けることなくやっていけそうな気がしました。(とはいえ、それでも教員の価値観はけっこうしっかり伝わってしまうとは思います。まあ、ゼロにするのはそれこそ無理なので…モゴモゴ…)

 

「なぜ道徳が特別な教科に?」など、道徳を義務教育で教えること自体に関してツッコミを入れた方がいいとはわかりつつも、年を取るにつれてだんだん「今ある枠組みの中で最善のものを目指す」みたいな保守っぽい方向に流れてきていまして。そもそものところを議論するエネルギーを省エネして、とりあえず次にある授業をよくする努力に回してしまうんですよね。そこを省エネせずに頑張ってくださっている多くの方には本当に謝りたいです。すみません。

 

というわけで、今回は「道徳読み」に特にフォーカスしながら『未来の先生展2019』を振り返りました。

 

先生方に何か役立てていただけることがあったらうれしいです。私は、英語科教員としてもこの「道徳読み」が使える機会がある気がしているので、そんな目で今後は教材を眺めることになりそうです。

 

それではまた次回まで。

 

Happy teaching, my friends!!

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