先生のためのアイディア帳

効果的な指導法やエトセトラについて

spaced learning:「学習内容の定着には繰り返しが不可欠です」という当たり前の話

こんにちは。

 

1月に入り、高3の授業がなくなったため、空きコマが6つ増え、その準備や小テストの採点などにかけていた時間も空き、毎日17時前に帰れるようになるという奇跡が私のもとを訪れています。

 

3か月後には新しい学校で今を振り返って泣いていることと思いますが、3か月後の私、ドンマイ。

 

そんなわけで、今は高1と高2、それから、中2を教えています。

 

特に、高1と高2の授業の組み立てに関して日々ひしひし感じているのが、タイトルの件です。

 

今の学校は、高1と高2が忙しいです、授業が。「高2の終わりまでに文法はすべて網羅して…」とか「長文2つでは定期試験の範囲としては狭すぎるから最低でも3つ…」とかいった感じで、高3で受験に備えた演習っぽい作業ができるように、高1と高2の2年間でいわゆる受験英語の必須項目の上を駆け抜けていく。もちろん、そんな中で「あれ、てゆーか基礎(中学英語)がガタガタじゃん…」みたいなことがしょっちゅうあったりしながら。

 

で、高3になって演習問題などをやるときに、この高1と高2でやったことを振り返ったり振り返らなかったり、思い出したり思い出さなかったりするのだろうと思います。

 

学習効率的にどうなのでしょうか。

 

最高ではないです。(最悪でもないですが。)

 

中学英語のように、焦点が絞られた文法項目を限られた語彙で学ぶのなら、上記のような「網羅したい範囲駆け抜けスタイル」の教え方でも学習効率はそこそこ大丈夫なのかもしれません。でも、高校英語のように、1時間の中で複数の文法項目や学習活動(文法項目は1つでも、その文法練習とは別に長文演習もあるとか)が扱われ、しかもその新出の文法項目を練習するための例文や長文にけっこう難易度の高い単語や熟語がほぼ必ず混ざっているとなると、駆け抜けスタイルの教え方では、ほとんどの生徒が1度教えられただけの事柄はおぼえていられません。

 

特に、私が今教えているような平均点20点(100点満点)くらいの集団だと、9割の生徒は、まあ、本当に、忘れます。(仕方ないと言えば仕方ないのですが。生徒たちは英語以外にも授業を受けていますし、部活動があったり、友達付き合いがあったり、気持ちの浮き沈みが会ったりと、忙しくしていますので。)

 

宿題を通じて授業でやったことを振り返って定着を図ってほしいのはやまやまですが、それは自力でまともに宿題に取り組む学力と習慣がある生徒にしかできない神業です。

 

私のクラスのタイプの生徒たちにとっては、

「駆け抜けスタイル」の授業=「常に新しいことをやっている」授業

です。

 

ファミコンで言うと(世代)、いつも新しいゲームをやっている感じです。1つのゲームを毎回最初からやり直しているのですらなく、いつも新しいゲームをやっている感じ。今日はスーパーマリオ、明日はアイスクライマー、明日はBugってハニー、明日はうる星やつら(世代)、というふうに次から次へと新しいゲームをやって、全部が初期のステージで終わりになっている感じです。

 

ということで、そのタイプの生徒たちを担当する教員として私がすべきことは「授業の中で授業でやったことを振り返る」という、この一択になります。

 

そうすることで、生徒たちが「お、オレ今日もヨッシーのクッキー(しつこい)続けてやるわけね」となり、さらには「オレ最近ちょくちょくヨッシーのクッキーやってて上手くなってきたしたぶんもう一生上手いわ」とまでなってくれることがねらいです。

 

「授業の中で授業でやったことを振り返る」必要性の根拠となるのは、このあたりでしょうか。(「エビングハウス忘却曲線」)

 

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出典:

https://www.psychestudy.com/cognitive/memory/ebbinghaus-forgetting-curve

 

この「忘却」を防げば、とりあえず「記憶」は定着します。もちろん、「記憶の定着≠学習」ではありますが、「記憶の定着」なしには「学習」が発生しないことがふつうです。多様なデータベースからほしい情報が一瞬で得られる時代であっても、ある程度その人の中に蓄積されているものがないと、その情報は活かされません。

 

この「忘却」を防ぐ方法として効果的だと言われているのがspaced learning(間隔をあけた学習)です。これは「忘れ出した頃にまた学習する」という学習方法です。このspaced learningを繰り返すうちに、「忘れにくく」なり、やがて「忘れなく」なります。

  

spaced learningは「人は忘れる」という当たり前のことを当たり前に認めたうえで「ではどのように記憶し、学習するか」を考えているところが素晴らしいと思います。教えている側の人間はともすると「なぜそんなこともおぼえていないんだ」とか言いがちですが、振り返ったり思い出したりする機会を適切に与えもせずに「なぜそんなこともおぼえていないんだ」とか言ってしまうのは…うーん…と私は思います。

 

(この動画は、生徒に直接見せてもいいかもしれません。日本語の字幕はありませんが、0:37~1:32を見るだけでも要点が伝わると思います。「忘れた頃にまた学習する意味」、すなわち、「復習をすることの意味(の1つ)」をわかってもらえるのではないでしょうか。)

 

授業では、私はこのspaced learningをできるだけ多くやるようにしています。時間的にいうと、50分授業のうち10~15分は前の授業でやった学習内容を振り返るための活動をしています。その後も、小テストや定期テスト前のまとめの時間を使って、とにかくspaced learningの機会を作ります。(ちなみに、「エビングハウス忘却曲線」とspaced learningについては雑談として折に触れて話しています。)

 

spaced learningの際には、ただ同じことを繰り返すのではなく、1度目にやったときにつまずいていた箇所をもっとわかりやすく簡潔に説明して、あとは何回もしゃべったり書いたりして練習させます。それをやっている生徒の様子を見ながら、次にどんなサポートが必要か見当をつけ、次のspaced learningにつなげます。

 

これをやっているうちに、クラスの半分程度が小テストで満点をとれるようになり、なんとなく自信をつけ、なんとなく宿題もそこそこやるようになり、なんとなく授業にも身が入ってきて、なんとなく以前より何かがいい感じになってきています。1歩進んで2歩下がる日も多いですが。

 

上に「とにかくspaced learningの機会を作ります」と書きましたが、これは「簡潔な授業を行う」ことを意味します。「簡潔な授業を行う」のは慣れるまでは大変なのですが、でも、多くの先生が日常的にやっていらっしゃるように、頑張ればこの私にだってできます。すべては、余らせた時間をspaced learningに回すため。

 

そんなわけで、今日はspaced learningのご紹介でした。それではまた次回まで。Happy teaching, my friends!!

 

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