先生のためのアイディア帳

効果的な指導法やエトセトラについて

フォワード・デザイン(Forward design)とは何か

こんにちは。イチロー引退のニュースに驚いています。

 

さて、今回はタイトルのとおり、「フォワード・デザイン」について、以下のような順で書いてみたいと思います。

  1. フォワード・デザインとは何か
  2. フォワード・デザインの利点
  3. フォワード・デザインの弱点

(私個人は「バックワード・デザインを取り入れることが指導の改善につながる」という立場に立っているので、「3. フォワード・デザインの弱点」の後で数行分だけ「バックワード・デザインを取り入れることがもたらす利点」に触れています。)

 

(バックワード・デザインについて書いているエントリーはこちら。)

 

ちなみに次回は、「セントラル・デザイン」について書く予定で、それをもって、

  • フォワード・デザイン(Forward design)
  • セントラル・デザイン(Central design)
  • バックワード・デザイン(Backward design)

という3大「カリキュラム・デザイン」を網羅したことにしたいと思います。

 

そんなわけで、今さらりと「カリキュラム・デザイン」という言葉を滑り込ませてみましたが、やはり先に進む前に「カリキュラム・デザイン」とは何かを定義しておきます。

 

まず、ここで言う「カリキュラム」とは何なのでしょうか? 以下の定義が当てはまるかと思います。

[C]urriculum typically refers to the knowledge and skills students are expected to learn, which includes the learning standards or learning objectives they are expected to meet; the units and lessons that teachers teach; the assignments and projects given to students; the books, materials, videos, presentations, and readings used in a course; and the tests, assessments, and other methods used to evaluate student learning. (出典:https://www.edglossary.org/curriculum/

 

一般的に、カリキュラムは生徒が学ぶべき知識と技能について言及したものです。カリキュラムに含まれるのは、生徒が到達すべき学習目標、教員が行う授業、生徒に課される課題やプロジェクト、使われる本、教材、ビデオ、プレゼンテーション、読み物、生徒の学びを評価するためのテスト、課題などです。(訳:私)

 先生方が「カリキュラム」と聞いてパッと思いつくものとほとんど、もしくはぴったり一致しているのではないでしょうか。

 

1つの「カリキュラム」がカバーする範囲については、この定義の中では特に触れられていません。この定義に当てはまるようであれば、6年間や3年間の長期計画、1年間の中期計画、単元や授業ごとの短期計画、すべてを「カリキュラム」と呼んでいいのだと思います。ただ、実際には短期計画は英語ではUnit plan(単元単位の指導案)とかLesson plan(授業単位の指導案)とか呼ばれるのが一般的で、「カリキュラム・デザイン」と呼ばれているのは聞いたことがありません。これは、その日その日の授業計画が上記の定義に当てはまるような書き方では書かれないからではないかと私は想像しています。

 

これ以外にも、文脈によっては、「カリキュラム」という言葉はさらに広義に「生徒の学びの経験を作り出すもの」を指す場合があり、Hidden curriculum(隠れたカリキュラム)はその代表例と呼べると思います。いろいろな「カリキュラム」については、いつか簡単に紹介しようと思います。

 

以上の狭義と広義の「カリキュラム」の定義の両方を踏まえつつ、ここでは「カリキュラム・デザイン」は「生徒の学びの経験を作り出すための計画」というくらいの意味で使いたいと思います。

 

以下、次の2つを主な参考文献としながら話を進めます。

Richards, J. C. (2013). Curriculum approaches in language teaching: Forward, central, and backward design.

Wiggins, G. P., & McTighe, J. (2005). Understanding by design (Expand 2nd ed.).

 

「カリキュラム・デザイン」における3つの構成要素は以下の通りです。

  • 何を教えるか(input)
  • どう教えるか(process)
  • 何を学ぶか(output)

「カリキュラム・デザイン」をする際に、この3つの構成要素のどこから始めてどう展開させるかによって、その「カリキュラム・デザイン」は「フォワード・デザイン」と呼ばれたり、「セントラル・デザイン」と呼ばれたり、「バックワード・デザイン」と呼ばれたりすることになります。

 

それでは、ここからは「フォワード・デザイン」についてです。

 

1.フォワード・デザインとは何か

 

図にしてみました。

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フォワード・デザイン(Forward design)

このような順序でカリキュラムをデザインしていくやり方を「フォワード・デザイン」と呼びます。

 

「① 何を教えるか」で具体的に行うことは「指導/学習項目のリスト化」であり、「シラバスの作成」でもあります。中学英語で言うと、「中1では、過去形が始まる以前の項目すべてを扱う」と決めて、その「過去形が始まる以前の項目すべて」をリスト化し、指導が効果的に行われ、かつ、1年間で終わるように並べる、という感じです。

 

「② どう教えるか」では、「① 何を教えるか」で選ばれた項目を生徒が学べるよう、指導法を決めます。具体的には、授業において「教員は何をするか」「生徒は何をするか」を決めるということで、中学英語で言うと、講義形式の授業をするのか、生徒にプレゼンテーションをさせるのか、ゲームをするのか、動画を見せるのか、などを決めるということです。

 

「③ 何を学ぶか」というのは「(学習者が結果的に)何を学ぶか」ということで、言い換えると、「指導/学習目標」です。さらには、その評価方法についてもここに含まれます。「③ 何を学ぶか」はフォワード・デザインにおいては「① 何を教えるか」と「② どう教えるか」に続いて自然と発生する「結果」のように扱われるため、あまり重要視されません。というのは、フォワード・デザインがそもそも「教員がある項目を扱った=生徒はその項目を学習した」とみなす考え方に基づいているからです。

 

「教員がある項目を扱った=生徒はその項目を学習した」とみなす考え方は、20世紀に広く受け入れられていた「指導すること=教員が知識や技能を生徒に伝達すること」という考え方と関連がありそうです。(実際にあると思うのですが、出典がはっきりしないので、もし出典を見つけたられたら追記します。)

 

2. フォワード・デザインの利点

 

Richards (2013) は「フォワード・デザイン」の利点を次のようにまとめています。

 

「語学指導において」と文脈が設定されていますが、それにも関わらず、日本の小中高の教科指導一般を思い起こさせるような文章です。

 

In language teaching, forward planning is an option when the aims of learning are understood in very general terms such as in courses in ‘general English’ or with introductory courses at primary or secondary level where goals may be described in such terms as ‘proficiency in language use across a wide range of daily situations’, or ‘communicative ability in the four language skills’. Curriculum planning in these cases involves operationalizing the notions of ‘general English’, or ‘intermediate level English’ or ‘writing skills’ in terms of units that can be used as the basis for planning, teaching and assessment. (p.9)

 

語学指導において、「一般的な英語力」とか、小中学校の入門レベルでの「日常会話程度の英語力」とか、「4技能を用いたコミュニケーション能力」とかいうように、学習目標が非常にあいまいな場合、フォワード・デザインが役に立つかもしれない。このような場合のカリキュラム・デザインは、「一般的な英語力」とか「中間レベルの英語力」とか「ライティング能力」といったような概念を単元化することによって具体化し、計画、指導、評価を可能にする。(訳:私)

 

さらに面白いのは次です。

 

A forward design option may be preferred in circumstances where a mandated curriculum is in place, where teachers have little choice over what and how to teach, where teachers rely mainly on textbooks and commercial materials rather than teacher-designed resources, where class size is large and where tests and assessments are designed centrally rather than by individual teachers. […] Forward design may also be a preferred option in situations where teachers may have limited English language proficiency and limited opportunities for professional development, since much of the planning and development involved can be accomplished by specialists rather than left to the individual teacher. (29)

 

必須化されているカリキュラムがあり、教員には何をどのように教えるかという選択権がほとんどなく、教員が、自分で作成した教材ではなく、主に教科書や市販の教材に基づいて教え、1クラス当たりの人数が多く、そしてテストや評価は個々人の教員ではなく地方自治体や国によってデザインされている場合に、フォワード・デザインが役に立ちうる。[…] また、教員の英語能力が低く、教員養成の機会も少ない場合にも、フォワード・デザインが好まれる。というのは、フォワード・デザインを用いたカリキュラム・デザインは、個々の教員ではなく、専門家によってなされうるからだ。(訳:私)

 

引用がだいぶ長くなりましたが、ここで言われていることは、教員にとって「検定教科書」が何を意味するかを考えてみると、とても理解しやすいかと思います。

 

検定教科書というのは、「① 何を教えるか」をほぼ100%決定し、そうすることによって「② どう教えるか」の大半も決定しています。ほとんどの学校は、生徒の将来の受験に備えた指導をしているため、検定教科書が決める「① 何を教えるか」「② どう教えるか」を無視することはできません。

 

こう考えると、検定教科書は教員側からすると窮屈な枠組みのように聞こえそうですが、Richards (2013) の議論を踏まえると、実際のところはそうばかりではないと言えます。

 

たとえば、もし私が新任で、「① 何を教えるか」「② どう教えるか」をすべて自分で決めていいと言われたら、喜ぶどころか確実に途方にくれます。

 

2つ目の引用にあるとおり、「フォワード・デザイン」というのは、「① 何を教えるか」「② どう教えるか」を教員の代わりに決める「専門家」の存在に大きく依拠する可能性をはらんでいます。また、「③ 何を学ぶか」は「① 何を教えるか」「② どう教えるか」に自動的についてくる「結果」のようにみなされます。

 

これらの結果として、教員は「① 何を教えるか」「② どう教えるか」「③ 何を学ぶか」のいずれについても主体的な役割を持つことがなく、与えられた枠組みの中でただ日々の授業を行っていればよいということになります。

 

かなり極端ですが、「フォワード・デザイン」に基づいたカリキュラムがあれば「誰でもすぐに授業ができる」という言い方もできそうです。Richards (2013)はそこまで言っていませんが、解釈していくと、究極的にはこれが「フォワード・デザイン」の一番の利点であるという考えが透けて見えるような気がします。

 

戦後に教員不足を急いで解消しなくてはいけなかったという日本の状況も、もしかしたら「フォワード・デザイン」に基づいたカリキュラムを歓迎することにつながったのではないかと思ったりもします。

 

3. フォワード・デザインの弱点

 

フォワード・デザインの弱点は、一言で言うと、その「哲学」にあります。「指導すること=教員が知識や技能を生徒に伝達すること」であり「教員がある項目を扱った=生徒はその項目を学習した」であるという考え方が正しくないというのは、誰もが学習者として経験しているだけでなく、多くの研究によっても言われています。

 

「教員がインプットを与えておけば生徒はそれを自分の知識・技能として身に着け、アウトプットできるようになる」ことを前提とした指導の一番の問題点は、指導において「指導/学習項目」が重視され、それを学ぶ「生徒」の存在が軽んじられてしまうことにあります。

 

学ぶということは、(特に外国語習得においては、)学習者と学習対象、学習者と学習環境、さらには生活環境や社会環境までが関係しあった複雑な行為であるということが研究によって示されていますが、これはつまり、学びの主体である学習者の存在を軽んじることは彼らの学びを妨げるのだということを意味しています。

 

学習者の存在にもっと光を当てるためには、「③ (学習者が結果的に)何を学ぶか」を今よりも重視することが必要であり、ここで「バックワード・デザイン」が役に立つことになると思います。

 

そんなわけで、今回は「フォワード・デザイン」について書いてみました。今後「カリキュラム・デザイン」をされる先生方に使っていただけるようなことがあればうれしいのですが。

 

次回は「セントラル・デザイン」について書きたいと思います。それではまた次回まで。

 

Happy teaching, my friends!!

 

参考:

https://www.edglossary.org/curriculum/

Richards, J. C. (2013). Curriculum approaches in language teaching: Forward, central, and backward design. RELC Journal, 44(1), 5-33. doi:10.1177/0033688212473293

Wiggins, G. P., & McTighe, J. (2005). Understanding by design (Expand 2nd ed.). Alexandria, VA: Association for Supervision and Curriculum Development.

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